ここでは、過去には一世を風靡したが、いつしか忘れ去られてしまったの過去の名機をご紹介したいと思います。
過去の名機たち
・テレビテニス(1975年)
日本で初めて登場したエポック社の家庭用ゲーム機です。
テニスのゲーム機で2人プレー専用となっていました。
ゲーム画面はテニスコートを真上から見た視点となっています。
テレビ画面の真ん中にテニスのネットを模した白線が上から下まで引かれてコートを左右に分けていました。
2人のプレイヤーは左右に分かれて、棒状のラケットでドット上のテニスボールを打ち合います。
今とは違って、画面は白黒モノクロ画面でした。
・テレビゲーム15(1977年)
任天堂が初めて発売した家庭用のゲーム機です。
テニスやホッケー、射撃ゲームなどを楽しむことができました。
プレイできるゲーム数を減らした廉価版のテレビゲーム9も同時発売をされました。
・カセットテレビゲーム(1977年)
アメリカのゲームメーカーであるアタリが開発した機種です。
このゲーム機は、その後主流となるロムカセットでゲームを供給していました。
つまり、カセットを交換すれば様々なゲームを遊ぶことができるわけです。
このロムカセット式は、その後の多くの家庭用ゲーム機で採用をされました。
・カセットビジョン(1981年)
エポック社が販売したカセット交換式の家庭向けゲーム機です。
1983年に任天堂のファミリーコンピューターが登場するまでの間、もっともメジャーなゲーム機として君臨をしていました。
合計11種類のカセットが販売をされています。
・PCエンジン(1987年)
NECホームエレクトロニクスから出されたゲーム機で、他社と比較すると当時は最も高性能なハードウェアでした。
薄いICカード型のカートリッジを採用していました。
ナムコやタイトー、コナミなどがソフトの販売を行い、それにより、販売台数を大幅に伸ばしています。
・3DO REAL(1993年)
3DO社(米国企業エレクトリック・アーツ創業者の一人が作った会社)のライセンス供給を受けて、松下電器が販売したゲーム機です。
米国の規格で作られたためか、筺体が大きく日本の狭い家庭事情にはマッチしていないサイズでした。
そのためか、日本ではほとんど売れることなく姿を消します。
・PC-FX(1994年)
PCエンジンの後継機種として発売をされました。
他社ライバルの機種が3D対応を前面に押し出している一方で、PC-FXは3D対応機能を一切搭載せず、アニメ等の動画表示機能を強化していました。
3D化対応をしていない為、他社ライバルに大きく引き離され、惨敗のため撤退を余儀なくされました。
・バーチャルボーイ(1995年)
任天堂の失敗作として有名な機種です。
ゴーグルの様な本体を覗き込むことで3Dを再現していました。
覗き口は1つしかない為、一人でしかプレーできません。